童話

床とか壁とか

 階段を下りて角を曲がり、まっすぐの廊下を歩く。
白い壁と廊下にコツコツとハイヒールの甲高い音が響く。
と、床にマンホールがある。
行く先なのでそのまま歩いて近づくと、マンホールではなく扉だった。
床に扉が置いてある、という訳ではなくマンホールのように完全にはめ込まれている。

(なんでこんなところに‥‥)

 さすがに足を止めてしげしげと眺める。が、しょせん自分には関係ないのだ。
特に取っ手が飛び出しているのでもなく、目立った凹凸があるわけでもないので、歩くにはそれほど支障がない。

(別にいっか‥)

 通り過ぎようとしたその時、扉が開いて中から眼鏡をかけた女性が出てきた。そして扉を閉めると、天井に向かって壁を普通に歩き出す。ハイヒールの音を高らかに鳴らしながら。
 元よりいた女性は、あ然として声も出ない。壁を歩く女性は、ロッククライマーのように、壁に張り付いてよじ登る姿ではない。コツコツと姿勢よく歩いている後ろ姿の長い髪は乱れる事はなく、スカートの裾が広がってめくれる事もなく、いたって普通だ。しかも歩く先を追って見ると、高い天井にはなんとまた扉があった。その扉を開けようと手を伸ばした時、思わず声をかける。

「あの!」

 伸ばした手をぴたりと止めて、眼鏡の女性が振り返る。斜め下を肩越しに見る不自然な感じだが、眼鏡がずれて落ちる気配はなかった。

「何か?」
「あの、何か変じゃありません?」
「‥‥そうね。貴女が壁に立っている事かしら?」
「はぁ?!壁に立ってるのは、そちらじゃありません?」
「私から見れば、貴女が服装も乱れず壁に立っているようよ」

 言われてみれば確かにそうかもしれない。
光る眼鏡からじっと見つめられて、思わず自分の足元に目が行く。ハイヒールの下に影があるようだが、何だかはっきりしない。建造物の中だからだろうか。自分の立ち位置が正しいのか、眼鏡の女性の方が正しいのか、なんだかあやふやな気持ちになってくる。
 ここの照明はどうなっているのだろう?壁自体が発光しているのか、照明具が見当たらない。自分は確かに階段を下りてきた筈だ。振り返って見ると、壁が途切れて角になっているため階段は見えず、確認出来なかった。

(戻って階段を見てきた方がいいのかな‥)

 不安に駆られて後ろを見つめる女性を見て、眼鏡の女性はそっとため息を吐いた。

「私急いでますので、これで」

 声を聞いて慌てて振り返った時には、眼鏡の女性は扉を開けてさっさと天井へと消えてしまった。

パタン、という音を聞いて残された女性は我に返る。

(そうだ!私も急いでたんだ)

 持っていた書類を抱えなおして、自分が行くべき方向に歩いていく。ハイヒールの足音が、壁や天井に反響し高らかに鳴る。

 壁を曲がった先にあったのは、天井にも壁にも床にも全ての面にエレベーターが設置されたホールだった。

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◇海をゆく橋◇

 砂浜から海に向かって橋がのびている。
その先は水平線まで続いていているようで、かすんで先が見えない。

「この橋はどこに向かっているんだろう?」
「さぁ‥」

砂浜に立つ2人は橋のたもとから海を見つめる。

「でも橋だから、どこかにかかっているんだろう」
「おそらく」
「けれど渡る途中で、大波がくるかもしれない」
「確かに」
「もしかしたら途中で、橋が途切れるかもしれない」
「それもあるかもしれないな」

2人はお互いを見ることもなく、海に浮かぶ橋の先を眺める。
だがいくら見ても、はっきりとはしない。
穏やかな波が寄せては返し、たまに大きな波となり2人の足元を濡らす。
足をとられてよろけながらも、2人はその場を動かない。

雲が流れる。
波が後からあとからやって来ては、誘うように引いていく。
橋脚にも波がぶつかり音を立てる。
ゆだねるように波の音を聞き続ける。

ふと一人が橋に向かって足を踏み出した。

「行くのか?」
「あぁ」
「船でなくていいのか?」
「あぁ」
「天候が変わるかもしれないね」
「そうだね」
「途中、橋が途切れていたら?」
「その時はその時だ。船が通りかかるかもしれないし、向こう側に人がいるのを見るだけかもしれない。もしかしたら、いるかに助けてもらえるかもしれないぞ。折角の橋だ、行けるだけ行くよ」
「それも、そうだな」

一人が橋を渡り始める。少し歩いて一度だけ振り向くと、もう一人はひざの辺りまで海に浸かっていた。

「じゃあな」
「あぁ」

橋を渡る歩みはゆるやかで、周りの景色を楽しんでいるかのようだ。
けれど歩みを止めることなく渡っていく。

砂浜に残ったもう一人は、橋をゆく姿が小さくなりやがて消えてゆくまで、
ずっと見守っていた。

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