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2008年2月

キャプテン啓太

 中国0-1日本 東アジア選手権 重慶 TV観戦

どこかで見たような光景。

うん、去年某車会社がスポンサーのクラブとREDSが試合した時と同じだ。

あの時はテコンドーだったから、今回は少林寺かも。

いずれにせよサッカーという競技じゃなかったですね。

この大会の意義とは一体なんだろう?

①強烈なブーイングでも負けない精神力を鍛えるため、闘争心が見えにくい

今の代表を、千尋の谷へと突き落としてみた。

②世界を見据えて当たり負けしない体を作るため、先ずは格闘技に耐える

事を日本選手に教えたかった。

③文武両道を目指して、歴史を学ばせたかった。

目指すは世界一!の100年構想は壮大過ぎて凡人には分かりづらいので

えらい人に納得のいく回答を教えて欲しいものです。

啓太に出された黄紙はいっそ優しさだったかもしれません。

こんな大会に出てないで、早々にクラブへ合流した方が身のためだという…

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明日

↓にも書いた読売ファンの友人が、東京マラソンにフルで初チャレンジするんですよ。

完走するのが目標だそうですが、つい先日

日本で指折りのトラックランナーが何度も転びながらゴールに辿り着いたくらい

起源からして苛酷なスポーツですよね。

(マラトンの戦いの勝利を告げるため、マラトンからアテネまで走った兵士が

アテネに着くと「喜べ、勝った」と叫び、息絶えたという故事からだそうですから)

今ちょっと調べたら給水ポイントにはSS=スペシャルドリンク S=スポーツドリンク

W=水 F=給食 と場所によって食べ物も用意されてる事を知りました。

そして心肺停止となったランナーが2名も出た事も。

(但しこのランナーは迅速な対応により職場復帰したそうですが)

………。

こんなところからナンですが、応援すると共に健闘を祈ってます。

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こんな言葉じゃ足りない

小野伸二の名前を知ったのは、読売ファン(野球+サッカー)の友人から「いい選手が入るね」と言われたのが最初でした。

しかしいくら下馬評が高くても、実際活躍出来る選手は絞られます。その時は「そうなんだ」とまるで他人事でした。

そしてまったく期待しないで、入団してすぐにスタメンでプレイする小野伸二を観る事になりました。

初めて観た伸二のプレイは日本人とは思えない程高い技術力があり、又18歳とは思えないほど老獪なプレイも見せてくれました。

まるで漫画のようにボールを手足の一部のように扱う様はワクワクした、と言うよりは衝撃を受けた事を覚えてます。

そして同時に、この選手は大将のようにはならないだろうと思ったのでした。

日本人選手の中で突出したスキルは、強くはなかったREDSに長く留まる事はないだろう、そう感じさせるくらいの選手でした。

その後伸二はクラブのスタメンで活躍するだけでなく、すぐに代表に呼ばれ98年仏W杯にも出場。決勝には出られませんでしたが、99年ワールドユースでは銀メダリストになる活躍。

以来黄金世代と呼ばれる事となります。

しかし、五輪予選にて大怪我をした事から始まり、その故障が元で五輪には出られず(選から漏れた翌日、普通にしている伸二は見ているこちらが辛かった、と大将が後に話してました)又伸二を軸として構成してしまったクラブは、伸二不在でJ2へと降格が決定しました。

移籍の噂が飛び交う中、きっと出ていくんだろうと思ってました。

恨み言ではなく、伸二ほどの選手にはもっと良い条件の所がいいだろう事と、どちらかと言えばREDSという小さな囲いが気の毒に思えたくらいでした。

この頃のREDSはそのくらい弱かった。

しかし予想は外れて伸二はREDSに留まり、再びJ1へと戻るためにプレイしてくれました。2000年、J2ではJ1との試合数も然る事ながら、審判の質の違いに随分苦しめられた。けれど最年少キャプテンとなって頑張ってくれた。

そしてREDSは劇的にJ1へと戻り、2001年伸二はオランダへと羽ばたいた。

セレモニーの時、ゴスペラーズの曲がかかっていたのを良く覚えている。お陰で伸二が再びREDSに戻ってくるまで、この曲を聞くたびに伸二を思い出したものだ。

そしてこのセレモニーで伸二がREDSを離れると実感した時、夢のあるプレーが見れなくなる残念さが押し寄せてきて、知らない内に随分と好きにならされてたものだ、と分かったのでした。

REDSに長く留まる事のない選手であったにも拘らず。

そして2006年再びREDSに帰ってきた時は、本当に嬉しかった。2006年の天皇杯での活躍や、シトンとのパス交換は本当にワクワクさせられた。

けれど怪我や戦術のせいでリーグであまり活躍出来ず、彼は随分不本意だったと思う。セレモニーもなく2008年、再びREDSを離れる事となった伸二。

一番最初に抱いた、REDSに長く留まれないという印象が結局最後まで拭えず、哀しくも寂しくもあります。

正直に言えば大将のようにREDSでユニを脱いで欲しかった。けれど選手として終わるのには、やっぱりまだ早いとも思うのです。

だから再び夢のある、輝けるプレイを少しでも長く見せて欲しいと願ってます。

小憎らしくも素晴らしい煌めきのあるパスとシュートを、もっともっと。

俺たちの小野伸二にエールを。

PS カローラフィールダーのCMが凄く好きでしたね。

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降る雪の

W杯予選 日本4-1タイ 埼スタ TV観戦

モチーフとしては好きな六花ですが、試合となると大変。

以前高校サッカーでナカタコとモトが、決勝で戦った時のカラーボール使った試合とか

トヨタカップ時代でもあったなぁ、と思い出したり。

やってる選手も大変ですが、現地観戦はもっと大変だったでしょうね。

あまりの観客の少なさに、色々見直されるようですが(参考

クラブが世界を目指すようになった時代の証でもある気がします。

タイの選手は6㎝の積雪で記念撮影をするくらいなので

雪の降る中での試合もきっと初めてだったでしょう。

アウェーの洗礼ってやつですな。

試合は交替も使って4点入れば十分な結果でしょう。

W杯予選なのですから、簡単な試合なんて1つもありませんし。

それにしても埼スタだったせいか、失点の仕方は思わず昔のREDSを思い出したり。

タカは代表戦にて、徐々にコンディションを上げてきているようなので

リーグ開幕には丁度良くなりそうな予感。(その前に早く家を決めてあげて下さい)

但しREDSは代表に取られているお陰で、また最初は苦労しそうな予感。

一番大事な球出し不在(ポンテは怪我だし伸二はOUTだし)はかなり痛いですよ。

梅崎がどれくらい出来るか未知数ですし、五輪に取られる可能性もあるし。

予想が外れる事を祈ってますが、まぁそういう目で見ることにします。

過度な期待はREDSには禁物ですから。(OLD的予防線)

蛇足ですが実はタイに親戚がおりまして、タイと日本のハーフなはとこがいます。

このはとこが、やはりサッカー好きでして4月に来日する予定なのです。

今回の代表戦の話をしたり、日程が合えば埼スタのREDS戦に連れて行きたい

と思って、会えるのを楽しみにしてたり。

REDSがAFCを獲ったニュースもしっかりチェックしてたそうなので。

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